菱田信也 
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チキン王プロデュースカンパニー 全舞台記録 1994〜2003

★「チキン王プロデュースカンパニー」は、94年に神戸で設立された劇団「NIWATORI」(名誉顧問/桂三枝・主宰/菱田信也)が起源である。

■ 1994年

1994.11 神戸ライブハウス・チキンジョージ

★95年の阪神大震災で一時活動休止後、96年夏の公演『Kinpa Ginpaの波越えて』(新装なったチキン・ジョージにて。原案・桂三枝)より本格的な活動再開。
★ちなみに休止中は、元町の「元気村ビアガーデン」とかで客が常時2〜3人という状況下でコントとかやって過ごしていた。とにかく使える劇場がなく、それでもなんとか3回くらい公演を打ったが単発で、詳しい資料も残っていない。
★ここからは96年11月に開催された公演より主な舞台記録を記す。
解説はチキン王プロデュースカンパニー代表・菱田信也。

■ 1996年

1996.11 神戸ライブハウス・チキンジョージ

■ 1997年

1997.3 神戸ライブハウス・チキンジョージ

★97年「グランド・ロマン」を最後に、「劇団チキン王」に改名。
★97年度はこの後、夏に神戸市民参加公演「ハーバーポリスストーリー〜守ってあげたい!!」(チキンジョージ)他、3公演を開催。
「ハーバー〜」では兵庫県警生田署の協力でパトカーをチラシ撮影に使用させてもらった。が、そのポスターを阪急三宮駅構内に貼り出す直前に例の「サカキバラ」事件が発生し、一時ポスター貼り出しを中止しかけた。マズいでしょ?兵庫県警のパトカーの前で「守ってあげたい!」は。
チキン王はなぜかこういうシンクロニシティが多く、私(菱田)が松竹芸能への書き下ろしで「007」のパロディで英国王室のスキャンダルを題材に芝居を書いて渡したら翌日ダイアナ妃が事故死して結局、ボツったこともある。
★チキン・ジョージはライブハウスとしては関西でも有数のホールだがNIWATORIで初めて芝居を上演した、思い入れがあったから震災で全壊した時はさすがに辛かった。改装以来、芝居では「リリパット・アーミー」が使用。見にいくと、うちの芝居の5倍くらいお客さんが入っててタマげた。今ではプロレス団体「闘龍門」の本拠地としても使用されている。

【1997年 他、関連公演】
●7月  劇団月下美人公演 「バタフライ」   トリイホール
●8月  NACタレントセンター公演 「上客万来」  森之宮ピロティ
●8月  吉本興行イベント 「Frying Circus-1」  吉本海岸通り劇場
●10月 松竹芸能SHY公演 「歌えば天国」
             「Wonderful Tonight」 一心寺シアター
●10月 吉本興行イベント 「Frying Circus-2」 吉本海岸通り劇場
●11月 Make★Lav公演 「LOVE.HUG.LOVE」   北野シアターポシェット
●12月 吉本興業イベント 「Frying Circus-3」 吉本海岸通り劇場

■ 1998年

1998.1 大阪・法善寺・トリイホール

1998.8 神戸・酒心館ホール

1998.9 大阪・法善寺・トリイホール

1998.10 大阪・法善寺・トリイホール

1998.11 大阪・法善寺・トリイホール

1998.12 大阪・法善寺・トリイホール

【1998年 他、関連公演】
●3月 素面共済会えんげき部公演  「大物の肩」   トリイホール
●6月 素面共済会えんげき部公演 「かくも長き不在」トリイホール
●8月 NACタレントセンター公演  「ロックン☆自治会」  森之宮ピロティ
●9月 素面共済会えんげき部公演  「そしてふねはゆく」 トリイホール
●10月 SHY公演 「パパと呼ばないで」 一心寺シアター

■ 1999年

1999.3 大阪・HEP HALL

1999.7 大阪・法善寺・トリイホール

1999.9 大阪・法善寺・トリイホール

1999.12 天王寺フェスティバルゲート・特設会場

【1999年 他、関連公演】
●4月 ドラフト会議 公演  「ガッカリさせんなっ」   トリイホール
●7月 素面共済会えんげき部公演 「ラストダンスはどなたに」TBホール
●7月 松竹芸能プロデュース  「マタニティブルーにさよなら」  トリイホール
●8月 児童劇団星の子 公演  「子鳩、飛べたら」 森之宮ピロティ

★99年「死んどる場合か〜完全版〜」を最後に、「チキン王プロデュースカンパニー」に改名。

■ 2000年

2000.4 大阪・法善寺・トリイホール

2000.8 梅田HEAT BEAT

DATA 1.メインメンバーの声  2.ステージライブフォト  3.制作ノート

11月 東京・駒場アゴラ劇場

DATA  1.初見の方へのやさしいご案内(1)(2)(3) 2.「東京ケタグリ日記」

10月5日〜7日  大阪・帝人ホール

→ 菱田信也の作り方 1 参照

■ 2001年

( Sapphire )
 6月27日 神戸・ライブハウスチキンジョージ
Sapphire、マイケル松本&爆走!スターライトプレゼンツ、Ebisu&Hana

→ 菱田信也の作り方 6 参照

 8月26日、27日 大阪・MIDシアター

→ 菱田信也の作り方 2456 参照

( 菱田信也デスクワークス )

8月4日 富山県利賀芸術公園・スタジオ  作/武田泰淳 演出/菱田信也

→ 菱田信也の作り方 56 参照

 11月16日〜18日 東京・こまばアゴラ劇場

・・・・「涙形〜namida-gata」の公演が終わり、丸々50万の赤字抱えて神戸に帰ってきたが、11月22日に「第1回近松賞」の授賞式があり、その場で市長から賞金50万円をもらい、これでなんとかなった・・・と思ったのもつかの間、封筒開けたら5万、源泉徴収されててそれはもう、切なかった。

→ 菱田信也の作り方 578 参照

 写真は、「第1回近松賞優秀賞」授賞式の記念撮影である。
俺の右が同時受賞の宮森さつき女史。その右が審査委員長の太田省吾氏。
一番左が市長(当時)宮田良雄氏。
俺の左が、授賞式に見学に来ただけなのになぜか記念撮影に連れ出されて一緒に映された、俺の配偶者、松本美幸さんである。
なぜ、ここにこの人が座らせられてたのか今でも謎。

【他、関連公演 】
● 4月21日・22日 大阪・トリイホール ふりぃ4 公演「ブレイク」菱田信也/作・演出
● 10月11日〜14日 大阪・帝人ホール  浪花人情紙風船団第2回公演「そないにへこむなハムレット」 
出演・紅萬子・渋谷天外・青野敏行 ほか菱田信也/作

・・・「そないにへこむなハムレット」は、俺史上、空前の失敗作。
俺のキャリアに入れるのは本当は断固認めたくない作品である。
思い出したくない、最低の公演だった。
要因はいろいろあるんだが・・・。結局は、俺の力不足だと思う。

■ 2002年

( Sapphire )

5月17日 梅田 ON AIR OSAKA

出演・Sapphire 、高山ゆき ほか

→ 菱田信也の作り方 7 参照

 12月11日〜13日 梅田 ザ・フェニックスホール


本番前。

フェニックスホール、舞台からの夜景。
(チキン王・プロデュース)

3月15日〜17日 森ノ宮プラネットホール  作・演出 菱田信也

→ 菱田信也の作り方 78 参照

6月29日・30日 難波・トリイホール 作・山崎義史 演出・菱田信也

→ 菱田信也の作り方 8 参照

 10月21日〜23日 アートシアターdB 作・菱田信也  演出・工藤雅彦

・・・・2004年4月の「ラストダンスはどなたに」で4回目を迎えるこの企画(名称はGOCONに改称)の、第1回目である。
いろんな意味でいろいろあったー。
演出を他人に任せたが、「ああ、なるほどこの手があったか」という発見があり、確かにいろいろあったんだが、やってよかったと思っている。
決して芝居の出来はよくなかったけど、「やって大正解」の舞台だった。


集合写真。
(菱田信也デスクワークス)
 7月26日〜28日 大阪・扇町ミュージアムスクエア
8月12日・13日 東京・こまばアゴラ劇場
作・演出 菱田信也

・・・・「涙形」は、まだ出来上がっていないと思っている。
必ずもう一度、一から作り直そうと思う。


本番前。

→ 菱田信也の作り方 578 参照

■ 2003年

(チキン王・プロデュース)
 4月18日〜20日 大阪・アートシアターdB 作・演出 菱田信也


リハーサル。

 9月5日〜7日梅田・ON AIR OSAKA  作・演出 菱田信也



リハーサル。

→ 菱田信也の作り方 参照

 12月11日〜14日 大阪・アートシアターdB 作・演出 菱田信也


左・渡辺智晃、右・岩佐好益

集合写真

→ 菱田信也の作り方 参照

2月25日 岐阜・東長良中学校

→ 菱田信也の作り方 5 参照

10月2日 下関・垢田中学校

下関の子ギャルにまとわりつかれる荒木優子。

【他、関連公演 】
 ●5月29日〜31日 難波・ワッハ上方ワッハホール
浪花人情紙風船団第3回公演 「センセとおしえご」 作・菱田信也 演出・三浪郁二
●6月19日〜21日 難波・ワッハ上方ワッハホール 海原さおり・しおりコンビ結成25周年記念公演
「愛縁・奇縁・くされ縁」脚色演出・菱田信也 

(菱田信也デスクワークス)
8月13日 富山県利賀芸術公園スタジオ 利賀演出家コンクール2003 作・三島由紀夫 演出・菱田信也

集合写真

・・・・2003年はいろんな新しい企画や舞台、変わった経験をさせていただいた。十数年やってきて、ようやく自分の物の
作り方をおぼろげながら確認できた年だった。
いらない物をバッサリと捨て、いるものを必死で確保した。
非常に当たり前のことだけど、ものすごく労力が必要となる作業を一年かけて繰り返した。もしもこの先、まだ何年か物作りを続けるとしたら、2003年を自分のはじまりと考えるかもしれない。
それくらい、エポックメイクな状態を過ごした。

 

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