復活・菱田信也の作り方〜
< どーんと1年空きましたスペシャル>
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| 【2003年6月某日くもり】 |
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一年はあっと言う間だった。・・・おしまい。
というのもなんなので(ありがちな出だしですよね)つらつら書くことにする。
書いたからって誰が読むわけでもないだろうが、ま、自分の確認のための「作り方」なんで好きに書く。
前回のラストが2002年5月の「サファイア LAW−2(ON AIR OSAKA)」のリハーサル中の話だったんで、1年以上空いたことになる。
1年経てば景色も変わる。ほんとーに、いろんなことが起きていろんなことが変わった・・ように見える、ええ。
(1)「純一郎が嫌われ者になった。」
案の定、だ。でも、俺は今の純一郎は好きだ。
(2)「北に行ってた人が里帰りした。」
最初、蓮池さんを見た時、「北製のサイボーグだ」と思った。
(3)「戦争が起きて終わった。」
不肖・宮島カメラマンの動向だけ興味あった。
(4) 「吉本の木村さんが追放された。」
ある意味、これが俺的には一番驚いた出来事だった。
俺が22,3の時、吉本興業本社のビルで木村さんとよくすれ違った。
近寄ったことのない、とんでもなく偉い人だった。
伝説の「横山やすしが信頼する名マネージャー」であり、吉本東京進出の大立役者だった。
一度、桂三枝さんの作った芝居をやってた時、観劇したあとの木村さんとエレベーターで乗り合わせ、木村さんが連れの人に「おもんないわ」とボソっと呟いたのを聞いたことがある。
俺の雇い主だったプロデューサーだった人が木村さんの直属の部下だった。その人は芝居が好きな人で、Piperとかを作った人だ。吉本本社は昔から「芝居」というのは「新喜劇」さえあればいいという会社だから、小演劇だのなんだのは絶対に認めない。
梅田にrise-1という劇場が出来て、小演劇を後押しするような妙な動きがあったが、俺は「たぶん、もって2年」と言い続けてた。
案の定、利益も華もくそもない小演劇なんかポーンと切り捨てられた。
あんなの真剣に受け止めてた小演劇関係者はあほ丸だしだった。
俺の雇い主だった人も、今は閑職にいる。木村さんがいなくなって、一度マスコミに「次の実力者」として名前が出たが、それっきりだ。
この前、偶然難波の吉本会館の前で昔、よく世話になった吉本社員の人と再会し、久しぶりに茶を飲んだ。
「rise-1って、吉本女子プロレス(JD)と同じことでしょ?」
「菱田、鋭い。鋭すぎる。」と、人ごとみたいに言う。
が、この会話は小演劇関係者なら理解できるはずだ
結局、あほみたいに踊らせられたのは劇団だけだった。
10年経っていろんなことが大きく変わったが、実はなんにも変わっちゃいない。
(そういえば「さおり・しおり」の公演千秋楽の客席になぜかその木村さんが座ってた。妙な気分だった。)
(5) 「大阪の劇場がいっぱいなくなった。」
劇場なんてそんなにいらねえよ。
(6) 「俺が幼稚園のPTA会長になった。」
大きな笑いを呼べるネタだと思ったが、さほどインパクトは
なかった。まったく失敗だった。
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| 【 2003年6月某日雨】 |
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ホームページを更新できなくなった大きな理由は「涙形〜namida-gata〜」だ。
この、近来まれに見る菱田芝居の傑作は(言っちまっただよ、自分でよ)2001年の冬、東京で初演。2002年7月8月と大阪・東京で上演した芝居である。
扇町ミュージアムスクエアがなくなる前にタイミングよく劇場が取れて、勢いで再演を決めてしまった。同じ勢いで、こまばアゴラ劇場が「演劇サミット」のフェスティバルで安く借りられるというので東京も決めた。
菱田信也デスクワークスの公演予算は全部俺の持ち出しで、赤字が出たらすべて俺の背負いとなる。大阪・東京なんて経費は莫大だし、券売に関してかなりの好成績を出さないと絶対に無理だ。しかし、俺は勢いをやってしまった。
ここが計算の甘いところなんだが・・・。俺が新作を下ろすのは久しぶりだし、去年は近松の優秀賞も取ったことだし、なんとかなるんじゃねえかとタカをくくってた。
それにチキン王関係のユニット(とくにサファイアや外部の公演)では動員力も付いてるし、客は心配ないだろうと・・・。
デスクワークスと他となにが違うんですかとよく聞かれるが、答えに困る。芝居にたいした違いはないと思っているから困るんだが、やっぱり自分の中では根本的に違う。要するにデスクワークスは「俺だけわかってりゃいい芝居」を作ってるということ。
もしくは「徹底的に俺のためにだけやる芝居」。
と、いうことは・・・普通に考えて、こりゃ客商売じゃない。見たいと思う客なんかいるわけがない。そういうことに俺は目を向けず、またしてもやってしまった・・・。
で、夏を迎えまして〜〜あははははは。客なんざ全然こねえんでやんのっ。
恐ろしいことに、客動員は見込みで読んだ数字の50%にも到達しなかったのである。
出演者には一切、チケットノルマを持たせなかったので(これは終わってから散々関係者に責められた。が、責められてもしょうがない。デスクワークスは俺だけのもんだから。)実際に売れたチケットなんか見込みの40%だよ。
売れてね〜〜〜〜〜〜。俺、書き手として、きっぱり、売れてねえ〜〜〜〜〜。ってのがよくわかりましたよ。ええ。
デスクワークスの芝居はある意味一番贅沢に作る。本も衣装も、道具も、装置も、映像も。
なんでかと言われたらこう答える。芸術だからっす。で、そのお芸術の結果はといいますと負債総額200万!!この10年、芝居で作った借金、堂々1000万を越しました!!
ブラックリストに載ってるぞ〜〜〜。俺に金貸すカード会社はどこももうねえよ。
どうする?アイフル、なんて嘘っぱちだ。どうにもしてくんねえ。
はじめてのアコム〜〜〜ってのも懐かしい話だ。もう何万回も行ってますよ。
ほのぼのレイクだ?ほのぼのしててなんでこんな高金利なんだよ。
武富士ダンサーズの浜宮愛ちゃん大好き、タイプタイプ。・・・関係ないっすね。
しゃあねえ、命がけで街金行くかとやばそうな店に入ったら、まじでやばそうなアンちゃんが笑顔で出てきたので、「三宮駅ってどこですか」「バカ。目の前だよ」ってやりとりしてとにもかくにも青春ランニングシアターダッシュで逃げてきたよ。修羅場しゅらしゅら、ばばんばばんばんばんと赤字を作り、「計画的なご利用を」って借金に計画があるかっ!!
しゃあねえんだよな、俺、芸術やってっから。あはははは〜〜〜〜。はい、
そういうわけでホームページを更新する余裕もくそもござんせんでした。はい。
また、そういうわけで、デスクワークスの新作はなんと言われても当分作れませんっ!!
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| 【2003年6月某日やや晴れ】 |
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そろそろ恋の話を語ろうか(ウットリ)。デブい秋本康のように・・・。
今年の恋はどうも立ち上がりが遅い。いつもは春先になったら出会いがあり、夏過ぎたら悲しくも本番に追われて音信不通・・・というのがパターンである。
と言いながら、実際は夏が過ぎて秋口になったらまた会ってポッといい気分というのもパターンである。
よく役者から「そんなことしてていいんですか」と聞かれるが、いいんだよ。俺は恋人が必要である。理由ぬきで断固必要である。立場とかそういう理屈はどうでもいいのだ。必要だから作る。結婚してようがなにしてようが知るか。
しかも幸運なことに、よく不思議がられるが俺は人と違って「いい女」に恵まれている。
まいったか。
俺のラバーはみんな(みんなってのもなんだけど)、ほんとーに出会えてよかった、と思わせてくれる女ばっかりだよ。しかも美人揃いだから泣かせる。
俺は借金もあるし、金稼ぐような仕事もできんし、気分一発で生きてる穀潰しだが、なんとか御仏に生かせてもらって、なんとか芝居やれてんのはすべて歴代ラバーたちのお陰である・・・。
しかし、あ〜ん、よく言われることだけど、この際ハッキリさせとくからね。
「サファイア」っての作ってるからって俺がメンバーと妙な感情込みで芝居作ってるように思ったり言いふらかしたりするカスい連中。いるだろ、そこに。
お生憎だが、おら、いい女とはよそで付き合ってるからご心配なく。てめえの団体とか劇団とかの中でぐずぐずやるほど俺あ、せこい男じゃねえの。
(そりゃ・・・若い時は劇団でいろいろつまんだけど。)
まったくこの業界、そういうこと言うのが多いんだよ。
昔、紅萬子さんと俺がなんかあると言いふらかしてたやつがいたが、勘弁しくれ。まったくもって僕たち健全な交際だっちゅうの。恐ろしいこと言うなよな。
まあ俺も、よくよその芝居に呼ばれていやいや見に行って、芝居より舞台上に乗ってる連中の関係を、芝居見ただけですべて読めるもんで、それを終わってから指摘してやると正解率90%を誇るという人間観察の達人なもんだから(俺に芝居見せる時は注意した方がいいよ。そういうとこしか見てないから)偉そうには言えないが・・・。少なくとも憶測では物を言わんぞ。
あんまり言われてしゃくだから、今後はもうハッキリさせとこう。
今後、俺と出会うやつで、俺の好みがいたら迷わず礼儀として口説きますから。
ヤなら口説いた時に正直にヤと言ってください。勘ぐられるよりましです。
ま、そのうち芝居の力量なくなったら女優にも相手にゃされんだろう。
がんばんなくちゃ!!
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| 【2002年6月某日 ピーカン】 |
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俺の横で5つになる娘がお絵かきをしている。今日は幼稚園から帰ってから「稽古場で遊ぶ」と言ってきかないので、俺が仕事してる横で遊ばせている。
昨日から、12月にやる芝居「闇王退場」のキャストプランを組んでいる。
この芝居は実在の縛り絵師・伊藤晴雨(大正期〜昭和初期)をモデルにしている。
晴雨はSMの世界の大家で、その縛り絵のモデル兼愛人だったお兼はとんでもない嘘つき性悪女で、少女画で有名な竹久夢二の愛人兼モデルでもあった女だ。
SMの縛り絵と「見返り美人」を同時にこなしてたんだからキッつい女だ。
芝居は(もちろんフィクショナルに脚色してある)、芸術家になりたくても才能がなくてなれなかった死に際の晴雨の苦悩と、それでもまだ嘘つき女にハマってぐずぐずになってる 情けない姿、そして変態の連中に王様扱いされて破滅していく過程と、あとに残していく娘や、亡妻との関係を書いている。
ま、俺は借金もあるし子供に残してやれる財産もなく娘には不憫だが、芝居の本くらいなら残してやれる。もしかしたら演劇史上には残せないかもしれないが台本のコピーくらいはどっかで残るだろう。
ちなみに、この芝居の中で、俺は自分の娘の名前を使っている。不憫だ。
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| 【2003年6月某日 やや晴れ】 |
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静岡に行ってるラバーからメール。劇場には来れないとのこと。帰ったら会う約束。
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| 【2003年6月某日 一転、晴れ】 |
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5月の紙風船団。本番中、俺はワッハホールの楽屋にずっと居続けた。
紙風船団では3本目になるが、こんなこと今までなかった。とにかく、なぜか楽屋にいたかった。この芝居が進行しているんだということを肌身で感じたかった。
打ち上げも、いつもは一次でさっさと帰るんだが、気分はハイだった。
二次会の「オアシス・ベニー(紅萬子の店)」に朝4時まで。
その後、5時過ぎまで紅萬子さん、雅薇さんらとお茶を飲んで帰った。
うれしさと、かなしさと、さびしさと、せつなさが津波みたいに襲ってきた。
なぜそうだったのかは、3年経ってまだこのコラムを書いてたら書くことにする。
俺はまた、一人で川を渡って、向こう岸に行かなきゃならない。
たぶん、何人かが、俺のあとから泳いできてくれるだろう。
弁天町のハニーからメール。「七つの海を渡っていこうね。」
涙が出て止まらない。
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| 【2003年6月某日 どしゃ雨】 |
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「海原さおり・しおり結成25周年記念公演」が終わり、俺は一応、これまでのすべての事にケリをつけておいた。
そしてその翌日にはいきなり9月の[bazu:ka!]の顔合わせ。
同時に、急遽決まった「利賀演出家コンクール2003」の準備に入る。
しかし、月末までに絶対に書き上げないといけない台本がある。あと1週間もない。
本当はもう書かずにやめておこうかと思ったが、この台本を捨てたら生涯後悔すると思い、久しぶりに突貫工事に入った。丸三日徹夜。
153ページの台本、締め切りの朝に脱稿。死にかけの身体で幼稚園にお迎えに行ったら、案の定荒くれのがき共が集まってきて、こういう日に限って俺の周辺、長蛇の列。目眩おこしながらブランコ漕ぎの相手を「将来、芝居のチケットを買う」ことを条件に引き受ける。
俺は仮にもPTA会長様なので、見守るお母様方の視線を意識しつつガキのブランコを華麗に押し続ける。おっ、目、つけてたキュート系若奥様も見つめておる。
と、そこにS企画のSから連絡入り、10月中旬に予定していた奈良での学校公演はキャンセルとのこと。これで10月は下関だけだ。
キャンセルの理由。「一部の先生から、”芝居は大道具がなければ芝居じゃない”という意見があって・・・」。
あほか。まあ、ロクな生徒、育たんだろな。
つまんない金ばっかりかけて偽物見せるんが教育なら世話ないよ。
むかつきながら24人目のガキを宙に舞わせてたら今度は紙風船団演出のさんちゃんから連絡。来年5月にワッハホール押さえたのでよろしく、とのこと。
さんちゃんはこの前の「センセとおしえご」で「赤字50万は覚悟の上。100万なら夜逃げ」だったのがなんと10万ぽっちの赤字で済んだことに気をよくし、大人げなくも次の劇場押さえちゃったらしい。よろしく、ってのは台本のことかしら。
もう堪忍してっ!!とブランコ揺らす手に力が入った瞬間、28人目のガキは勢い余ってブランコから舞い上がり、頭からザリガニ池に突っ込んだ。
ガキは池から顔出した時、口にザリガニくわえてた。男のガキだから、まあ、いいか。
足にまとわりつくガキ共を振り払い、家に帰って泥のように寝る。
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| 【2003年7月 某日 やや晴れ】 |
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大阪のラバーからメール。月の中盤まで会えないとのこと。哀しみで心が裂ける。
そういえば今年の頭に京都で撮ったドラマのサンテレビ放映が6月末で終了した。俺は荒木優子と仙石幸一に書いたやつ(「レコードの記憶」)が一番好きで、今だに極寒の四条の橋の上で踊ってた荒木の姿が目に焼き付いて離れない。寂しいので荒木に軽いセクハラメールを送っておく。
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| 【2003年7月某日快晴】 |
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明日はエスコッチュの稽古日だ。台本、まだ上がらず。こういう時に稽古場に行くのは辛い。とりあえず先週振り付けたダンスの返しでもさせとこう。
[bazu:ka!]はうまくいくと思う。きっと、そんな気がする。
なんで「bazu:ka!]を作ったのかという話は長くなるのでやめとくが、とにかく、なんとかしなきゃっ、てのが大きい。役者も、作り手も、とにかくなんとかしなきゃ。これしかない。
だから、みんながそう思ってやってるから、たぶんうまくいくと思う。
どんなものでも、そう思わないものは、確実にダメになる。
1年でいろんなことが起きて過ぎていって流れていって、でもよく考えたら、ずっと俺だけ同じとこにいるような気がする。
たぶんずっとこのまんまなんだろうけど、他のみんなのように「第二の人生」始めれず、ずっと「第一」のまんまで行くような気がする。
ずっとずっと同じことの繰り返しを性懲りもなくやってるような気がする。
人を傷付けたりたまにへこんだりして、いろんな人がいっぱい来ては去って、また現れて、そのたんびに物を壊してまた作っている。
これでいいんだ、これでいいんだ。
おう、そうだ、これでいいんだ。・・・とにかく今は、そう思っとく。
こっち側に泳ぎ着いたら、さあ、次はどうする?
以下、次回。
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